建築・インテリア

理想の読書環境

突然ですが、格言を思いつきました。

書物は、最高の酒の肴である。

読書と酒が好きな人なら分かってくれると思う。確かに旨い料理や気の会う仲間とのエロトークなんかも最高だが、ゆっくり酒を飲みながら小説を読むというのはなんともステキ。

で、考えた。
読書をする一番の理由は、その内容から、知識を得たり、感動を得たりしたいから。これは間違いない。しかし、知識や感動は他の媒体からも得ることができる。その次に大事なことは時間そのものの「すごし方」(=生き方と言ったら大袈裟か?)にあるのではないか?つまり、環境である。
では、その読書を行うために理想の環境とは?
1.酒が飲める(個人的にはタバコが吸える)
2.ひとりになれる(感覚として)
3.静か
4.程よい広さ(広すぎても、狭すぎてもダメ)
5.心地よい椅子もしくは床
6.調整可能な照明(自然光との関係も重要)
7.そのまま寝れる
他にもいくつかあるだろうが、こう考えると空間的には意外とシンプルな気がする。問題は、設備と材料にお金がかかりそうだということかな?

最近の住宅建築は、ライフスタイルや家族の時間経過にフレキシブルに対応できると言う理由で一室空間的なプランニングが人気を博している。実際、デザイン的にもシンプルでクールなこのような空間は、個人的にもとても好きなものだ。しかし、このような住宅ではたして先に述べた理想の読書空間が成立すのか?大きな疑問を感じる。
フレキシビリティに富んだ一室空間は、様々なアクティビティに対応しうるが、その成績はせいぜい80点どまりで、特定の機能として100点満点を取ることは難しい。
なんか、ここら辺の問題を解決したものが、次に来る新しいプランニングの答えなのかもしれない。もちろん、環境的なことも考えると、サスティナビリティを忘れてはいけない。
フレキシブルかつサスティナブルでありながら、特定の機能として100点満点を実現する空間。これが実現すれば、おのずと理想の読書空間が見えてくるような気がする。

な~んて思ったよ。チンチン
そういえば、妹島和世の「梅林の家」ってのは、これに近い回答なのかもしれない。合同じゃないけど、相似って感じがする。

ワラッテイイトモ、

夕方から建築評論家・建築史家・五十嵐太郎氏のレクチャー参加のため東京へ。

総武線の車内がマイクロソフトのOffice広告にジャックされていた。
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僕の記憶では、バブルの頃から始まったこの全車両ジャック広告。最近こういう豪快な広告を見ると色々と考えさせられる。だいたい、いくらかかるんだ?おそらく相当な金額だろう。確かに、この車両に乗ると絶対に目に留まる。この点では広告戦略として成功ではあるが、なんせ、商品はマイクロソフトのOfficeである。知らない人いるのか?たとえば、新しく立ち上げたベンチャー企業の新商品なんかだったらやる意味分かるけど、こんなにメジャーな商品でこんな広告やる意味が分からん。この広告の対費用効果はどれほどの物か?専門家に聞いてみたい。しかし、僕が本当に言いたいことはこんなことではない。本当に言いたいことは、最近のOfficeの恐竜キャラはとっても不気味と言うことだ。広告デザイン的には明らかに失敗である。この僕の発言を聞いて、初めて不気味に感じた人もいるかもしれない。日常的に存在しているものが、あるきっかけで急に不気味に感じる。これが、本日のプロローグ。

総武線から有楽町線に乗り換えて護国寺駅下車。徒歩で「和敬塾」へ。和敬塾というのは、いわゆる男子学生寮である。オトコだらけ。しかもすれ違うときみんなが「こんにちは」と声をかけて来る。確かに元気に挨拶する若者というのは悪くないものだが、何の関係も無い僕に元気に挨拶してくるのも意味不明。日本人なら軽く会釈ぐらいで良いと思うのだが。しかも、外はすでに薄暗い。それで、「こんにちは」である。なんとも不気味。しかし、彼らはその不気味さに気付いていない。

会場は、「和敬塾本館」。
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この和敬塾本館は旧細川侯爵邸で、細川家第16代細川護立によって昭和11年(1936年)に建てられた昭和初期の代表的華族邸宅である。
 設計は大森茂、臼井弥枝が担当し、英国チューダー様式を基本としており、館内は法隆寺の高欄をもとにした卍崩しのモチーフや、サラセン風のデザインを取り入れるなど独特の意匠が考えられている。また階によって用途が明確に区分されており、1階は主に接客用に、2階は家族の日常生活に使われていたようだ。戦後一時連合軍に接収され、一部改修されたらしい。平成10年3月に東京都指定有形文化財の指定を受けている。まぁ、簡単に言うと、戦前の大金持ちのお屋敷である。とにかく立派の一言に尽きる。
外には、怪しい建築物が増築されている。どうやら「階段」としての機能以外は何も無いらしい。3階レベルへの直通階段である。杉板型枠のコンクリート打放し。スリット状に設けられた光窓には、細かい細工の格子が設けられている。金かかってる。まったく不気味な建築だ。
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3階のテラスに行くと先ほどの階段の出口がある。なるほど、ここに直接来るための階段だったのか。確かに閉館時などでも、あの階段を使うとこのテラスに直接来ることができる訳だ。しかし、おそらく1千万以上のお金をかけてつくたったにしては、それほどの効果は見えない。そんなお金があるなら、本館の修復に回したほうがいいと思うのだが…。僕が感じた不気味さを打ち消してくれるほどの回答は見えない。だが、仮に僕にこの階段の設計依頼が来たとしたら、とても楽しい仕事になりそうだ。これが矛盾点。僕の中にも不気味さは存在する。
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で、やっとのことで本日のメイン。
五十嵐太郎氏による「日常における不気味なもの+『ワラッテイイトモ、』無修正版上映」。
キリンアワードで特別賞を受賞したにも関わらず、肖像権、権利問題から一般公開が難しかった幻の映像『ワラッテイイトモ、』無修正版の上映会である。日常的なものに存在する不気味さを堪能する。日常的なものが不気味なものへ変化していくプロセス。そもそも不気味な物の意味とは?フロイトの言葉などを引用し説明を受ける。サンプリングやループといったものは、現在、音楽なんかでも普通の手法と用いられているし、実際、聞いていて心地よいグルーヴ感を感じることができる。しかし、この映像を見るとそんな、ヒップホップやテクノがとても不気味なものに感じてきた。ヤバイ。
レクチャーの後半は、先日、五十嵐氏が行ってきたと言う北朝鮮の建築、都市の説明。こっちもとっても不気味である。ここで説明するのは難しいが、日本ではありえないスケールで整然と都市が形成されている。絶対的な権力無しではありえない風景だ。つまり、僕達の日常では考えられない街が存在しているのである。

日常的なものに不気味さを見出し、非日常的なものも不気味と感じる。僕らは、すべてが不気味な物の中で生活しているらしい。
これが、今日現在の結論。最終的な結論で無い事を祈る。

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